台湾での幼少時代①

こんにちは!横浜本牧パーソナルトレーナー宮原崇です。

昨日の続きです。

台湾の南投県水里郷という村に3年ほど、お世話になったのが昭和59年頃です。

親に「旅行に行こう」と誘われた、ミヤハラはこの波乱万丈な3年間を過ごすとは、予想もせずに東京の板橋から台湾へと渡りました。

数日間は親の知人宅へ泊まり、親とは数日間一緒に過ごして楽しんでいたですが、ある日昼寝から起きたミヤハラ少年は異変に気がついたのです。

どこを見渡しても親がいない!

泣きわめいている当時5歳のミヤハラ少年に、お世話になっていたおばさんから現地の言葉で「お前の親は日本へ帰ったよ」と告げられました。

なんと、うちの親は僕が昼寝をしている間に日本に帰国していたのです(笑)!

そこから僕が日本に帰国できたのは昭和63年の夏なので、相当長い間台湾にはお世話になりました。

村の中で日本人が一人ということもあり、すごく皆さんかわいがってくれました。

しかし、日本人として強く生きないといけない場面も幾度とあり、幼少ながらいろんな気持ちで日々過ごしていたと思います。

だから、寝るときは毎晩宇宙船に乗っていることを妄想しながら、気持ちを落ち着かせていました。

続く。