運動で痛みが軽くなるのはなぜ?―腰痛・膝痛を「脳と神経の仕組み

腰痛や膝痛が出たとき、多くの方がまず「安静にした方がいいのでは」と考えます。もちろん、強い炎症や外傷、明らかな腫れ・熱感がある場合は評価が優先です。一方で、**原因がはっきりしない腰痛(非特異的腰痛)**や、変形性膝関節症に伴う膝痛の多くでは、適切に設計した運動が「痛みを抑える方向」に働くことが分かってきました。Cochrane+2PubMed+2

痛みは「組織の損傷量」だけで決まらない

痛みはケガや炎症など末梢(腰や膝)からの信号が出発点ではありますが、最終的に「痛い」と感じる強さは、脳・脳幹・脊髄での情報処理に大きく左右されます。特に重要なのが、脳から脊髄へ下りていき、痛み信号を弱めたり強めたりする**下行性疼痛調節系(descending pain modulatory system)**です。このシステムの主要な中継点として、**PAG(中脳水道周囲灰白質)・RVM(吻側腹内側延髄)・LC(青斑核)**などが知られ、ここで痛みの“つまみ”が調整されます。ScienceDirect

運動で「痛みのブレーキ」が入りやすくなる:EIHという現象

運動後に痛みが軽く感じられる、痛みの閾値が上がる――こうした反応は EIH(Exercise-Induced Hypoalgesia:運動誘発性疼痛抑制) と呼ばれます。メタ解析では、健康な人では有酸素運動や動的な抵抗運動によって実験痛が低下する傾向が示されています。PubMed
ただし慢性の筋骨格系痛(慢性腰痛など)では、EIHの出方が一定でない可能性も指摘されており、**「効かせるには運動の種類と負荷設計が重要」**というのが実務上の結論になります。PubMed


腰痛:なぜ「動くこと」が治療として推奨されるのか

慢性腰痛に対して、運動療法は痛みの改善に有効であることが、コクランレビューでまとめられています(運動は無治療・通常ケアなどと比べて、痛みを改善する可能性が中等度の確実性で示される)。Cochrane+1
ここで大事なのは、「腰を捻れば治る」「体幹を鍛えれば万能」という単純な話ではなく、痛みを抑える神経系を働かせながら、動きの質と量を段階的に取り戻すという考え方です。

慢性腰痛では、体の問題に加えて、脳・脊髄側の“抑制力”が落ちている(あるいは揺らいでいる)可能性が議論されており、CPM(Conditioned Pain Modulation)という指標で「抑制が効きにくい」傾向を検討したレビューもあります。PubMed
だからこそ、いきなり強いストレッチや強い捻転で押し切るより、安全域の中で“できる刺激”を積み上げる方が、結果として痛みの過敏さを鎮め、再発もしにくい設計になりやすいのです。


膝痛(変形性膝関節症を含む):運動が“コア治療”である理由

膝の痛み、とくに変形性膝関節症に対しては、国際的なガイドラインで運動が強く推奨されています。ACR/Arthritis Foundationの2019年ガイドラインでは、膝OAに対して運動が「Strong recommendation」として示されています。PubMed+1
さらにAAOS(米国整形外科学会)の膝OAガイドラインでも、監視下運動・非監視下運動・水中運動を“運動なし”より推奨し、痛みと機能の改善を目的とすると明記され、推奨の強さは「Strong」です。アメリカ整形外科医会

膝は「膝だけ」で頑張るほど負担が集中しやすい関節です。股関節(殿筋)や足部、体幹の使い方が整うと、膝のストレスが分散し、結果として運動が継続しやすくなります。ガイドラインが運動を押す背景には、単に筋力の話だけでなく、**神経系の鎮痛反応(EIH)**や、生活機能の再獲得を通じた長期的な予後の改善が見込める点があります。PubMed+1


実務で外さないポイント:「強度」より「負荷設計」

運動で痛みの抑制機構を引き出すコツは、根性ではなく “量と反応”の管理です。目安としては、

  • 運動中の痛み:0〜3/10に収める
  • 運動後:その場で落ち着く、または軽くなる方向を狙う
  • 翌日:痛みが増えても24時間以内に戻る範囲にする(戻らなければ刺激量過多)
  • 可動域・回数・負荷・スピードは同時に上げない(1要素ずつ)

慢性痛の人ほど、抑制系が不安定で「やりすぎ」が裏目に出ます。逆に、適量で積み上げると、脳が「これは危険ではない」と学習しやすく、痛みが“信号として上がりにくい状態”が作られていきます。


まとめ

腰痛も膝痛も、運動は「鍛えるため」だけではなく、脳と神経の痛み抑制システムを働かせるための介入になり得ます。慢性腰痛では運動療法の有効性がまとめられており、Cochrane+1 膝OAでも主要ガイドラインが運動を強く推奨しています。PubMed+1
大切なのは、あなたの痛みの状態に合わせて、「何を」「どれくらい」「どう増やすか」を運動プログラムの設計することであります。

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