PMRFと歩行の関係性:歩きが「整う人/整わない人」の神経学的な違い
「歩き出しが重い」
「片側だけ脚が出にくい」
「歩くと体がねじれる・骨盤が流れる」
「長く歩くと片側だけ疲れる」
こうした歩行の悩みは、筋力不足や柔軟性不足だけで説明しきれないケースが少なくありません。
なぜなら歩行は、脚を動かす運動である前に、“無意識に体を整えながら前へ進む”全身の統合動作だからです。
この「無意識の統合」を支えている重要な領域のひとつが、脳幹にある PMRF(pontomedullary reticular formation:橋延髄網様体) です。
1. PMRFとは何か:歩行の“自動運転”を支える中枢の一部
PMRFは脳幹(橋〜延髄)にある網様体(reticular formation)の一部で、ざっくり言うと
- 覚醒・注意(ぼーっとしていると動きが鈍る、集中すると姿勢が整う)
- 筋緊張の調整(力が入りすぎる/抜けすぎるを整える)
- 姿勢制御(体幹の“土台”を作る)
- 反射・姿勢反応(転びそうな時に立て直す)
- 呼吸・自律神経の状態の影響を受ける(緊張・疲労・睡眠など)
といった “意識で頑張る前の調整” に関わるネットワークの一部です。
ここで大事なのは、PMRFは単独のスイッチではなく、皮質(大脳)や小脳、前庭系、脊髄とつながる 「統合ネットワークの中継点」 に近い、という理解です。
2. 歩行は「脚の運動」ではなく「姿勢+切り替え+リズム」
歩行を“運動学的”に見ると、最低限こういう要素が同時に成立しています。
歩行の本質要素
- 支持:片脚支持の連続(片脚で体を支える時間が必ずある)
- 推進:前へ進む推進力(股関節・足関節などの協調)
- 切り替え:左右の切り替え(右→左→右…)
- リズム:一定のテンポ(速さが変わってもリズムは保たれる)
- 安定:体幹・骨盤の安定(“固める”ではなく“制御する”)
これらをすべて、毎回「意識で計算」していたら、歩行は成立しません。
だから歩行には、脳の高次機能(考える)より前に働く 自動化の仕組み が必須になります。
3. PMRFが歩行に関わる理由:RST(網様脊髄路)がカギ
PMRFと歩行をつなぐキーワードが RST(reticulospinal tract:網様脊髄路) です。
RSTは、PMRFを含む網様体から脊髄へ下りる重要な下行路で、臨床的には
- 姿勢筋の“まとめ役”(体幹・近位筋)
- 筋緊張の配分(力み・抜けの調整)
- 歩行のような反復運動の統合(左右の切り替え、全身協調)
- 反射・姿勢反応のゲート(外乱対応)
などに関与すると理解されています。
つまり、歩行のような「反復・切り替え・姿勢制御」が必要な運動ほど、PMRF〜RST系の影響が表に出やすい、ということです。
4. 歩行の各フェーズでPMRFが“効いている”ポイント
歩行をフェーズで見ると、PMRFが関与しやすい局面が見えてきます。
① 歩き出し
歩き出しは「脚を前に出す」ではなく、まず 重心を移す 必要があります。
このとき必要なのが、体幹を保ちながら重心移動を開始する準備(APA:予測的姿勢調整)。
この“準備が遅い/弱い”と、
- 歩き出しが重い
- 小刻み歩行になる
- 体が前に倒れない(脚だけ出そうとして詰まる)
といった症状が出やすくなります。
② 片脚支持
歩行では必ず片脚支持の時間があり、ここで
- 骨盤が落ちない(股関節外転筋の問題だけではなく“制御”)
- 体幹がねじれすぎない
- 上半身が固まりすぎない
が必要です。
PMRF〜RSTは、こうした“近位の制御”に関わるため、ここが崩れると
- 片側だけ疲れる
- 骨盤が流れる
- 上半身が左右に揺れる
などにつながります。
③ 左右の切り替え(Transition)
歩行で一番「神経の要素」が出るのがこの切り替えです。
左右を切り替えるたびに、筋緊張の配分とタイミングを更新する必要があります。
PMRF〜RSTが“整っている”と、切り替えがスムーズで、
- 体幹は静か
- 脚が勝手に出る感じ
が出やすくなります。
5. PMRFが乱れやすい条件:歩行が崩れる“背景”
PMRFは「頑張って鍛えればOK」というより、状態(コンディション)の影響を受けやすい領域として捉えると臨床で説明しやすいです。
乱れやすい背景例:
- 睡眠不足(覚醒の質が落ちる)
- ストレス過多(過緊張)
- 呼吸が浅い・速い(交感優位になりやすい)
- 冷え(筋緊張が上がりやすい)
- 長時間座位(股関節の感覚入力が鈍る/体幹が固まる)
- 疲労蓄積(注意が落ちて制御が雑になる)
この状態で「歩行を頑張る」「筋トレで押す」と、かえって
- 力みが増えて歩幅が狭くなる
- 片側に寄る
- 腰や膝に負担が集まる
ことが起きやすくなります。
6. “PMRFの要素が示唆される歩行の崩れ方”の特徴:左右差が出やすい
現場で見抜きやすいサインを挙げます。医療診断ではなく“傾向”としての一例は
- 片側だけ脚が重い/出にくい
- 片側だけ肩が上がる・腕が振れない
- 骨盤が片側に流れる/ねじれる
- 歩くと片側の腰・股関節・膝が張る
- 歩幅が左右で違う
- 呼吸が浅く、息が止まりがち
“左右差+力み+切り替えのぎこちなさ”がセットで出るとき、
「筋力より先に、自動調整(神経系)の整えが必要な可能性があるかもしれません」
7. 自宅でできる:PMRF〜RST系に寄せた段階的アプローチ
ポイントは 負荷を上げるより、神経課題を適切にすることです。
いきなり立位で難しいことをせず、段階を踏むことがお勧めです。
レベル1:仰向けで「左右交互×リズム」(歩行の原型)
交互マーチ(仰向け足踏み)
目的:左右交互の切り替えとリズムを“安全に”再学習
やり方
- 仰向けで膝立て、首肩をゆるめる
- 片脚を 1〜2cmだけ浮かせて戻す(大きく上げない)
- 「1・2、1・2」と一定リズムで左右交互
- 腰が反る/骨盤が揺れるなら高さを下げる
目安:左右各6〜10回(30〜60秒)
狙う感覚
- 下腹部に“薄い安定感”(固めるではない)
- 左右の切り替えがスムーズ
- 息が止まらない
レベル2:視覚を足して“統合”を上げる(安全な難易度アップ)
視線固定+交互マーチ
天井の一点(または親指)を見続けたまま交互マーチ。
視覚入力が安定すると、体幹のブレが減りやすく、「切り替えの質」が上がります。
レベル3:座位・立位へ(転倒リスクを管理しつつ)
椅子座位マーチ(左右交互+リズム)
- 背もたれ浅く座り、骨盤を立てる
- 交互に足踏み(小さく)
- 上半身が固まるなら、まず呼吸を整えてから
その場足踏み(立位)
- 壁や椅子を支えにして安全確保
- 小さく左右交互
- 目的は筋トレではなく切り替え
8. うまくいっているかのチェック
以下が改善してくると、神経系が整い始めたサインとして扱いやすいです。
- 歩き出しが軽い
- 片側だけ重い感じが減る
- 骨盤の揺れが減る
- 腕振りが自然に出る
- 呼吸が止まらない
- 「歩くのが面倒」感が減る(脳が歩行を“脅威”と感じにくくなる)
9. 注意点
- 痛みが増える、しびれが強くなる、めまいが強い場合は中止
- 強い痛み・しびれ・麻痺、急な症状がある場合は医療機関へ相談
- 目的は「追い込む」ではなく「整えて、歩きの質を戻す」
まとめ:歩行は「筋力」だけでなく「自動調整」で変わる
PMRFは、歩行のような反復動作を、姿勢制御とセットでまとめる“自動調整ネットワーク”に関わります。
歩行が崩れるとき、筋力だけを上げようとするよりも、
- 呼吸で過緊張を落とす
- 左右交互のリズムを取り戻す
- 体幹を“固める”ではなく“静かに保つ”
この順に整えていく方が、結果的に歩行が軽くなることがあります。
もし、ブログの最後に「スタジオらしい締め(来店導線)」を入れるなら、次の一文を追加すると自然です。
横浜筋トレスタジオでは、呼吸・姿勢・歩行の左右差を丁寧に評価し、「なぜ歩きにくいのか」を分かりやすく整理した上で、無理なく整えるプログラムをご提案しています。まずは相談だけでもお気軽にどうぞ。
https://www.yokohamakintore.com/contact/

